ガン発病に共通する心理傾向について
米国の心理学者ルシャンは、ガンの発病における精神的原因の研究を通して、どのガン患者の生活歴にも共通する三つの心理傾向を見出したという。
第一に、ガン患者はごく幼い時期に、なにか人生に絶望してしまうような体験をもっている。その多くは、人生と自分を結ぶ基本的なきずなの役割を果してくれるはずの父・母に、安心して甘えたり、感情本位に振舞うことのできなかった、失意・絶望の体験である。その結果彼らは、人生に希望や楽観的な期待をもつよりは、むしろ人生を危険で厳しく冷たいものとして体験するようになる。
しかしそれにもかかわらず彼らは、この絶望を克服して、立派に人生をやってゆくことができるようになった。これが第二の特徴である。ただし、多くの場合、自分のなまな子どもっぽい感情、とくに敵意や怒りを抑制し、律義でタテマエ本位になって自分の感情を押し殺す、かたくるしいパーソナリティーの持ち主になる。
第三に、長ずるにつれて彼らは、自分と人生を結ぶきずなの役目を果す特定の人物への依存関係や、特定の仕事や集団・役割への忠実な献身によって、根源的な失意と絶望を克服し、そこに自分の心の拠り所と生き甲斐を見いだすようになる。この中心的な依存関係の対象である特定の誰かとは、配偶者、子ども、上司、親友などである。
ところが、もし配偶者が死んだり、子どもが成長して自分たちの手もとから離脱したりして、この中心的な依存対象を失った場合、あるいは、転職、配置転換、引退などによって特定の仕事や役割、あるいは集団とのかかわりを失う場合、ふたたびはげしい絶望と失意の状態に落ちこむ。
つまり、これらの中心的な依存対象の喪失は、彼らにとって、生き甲斐と心の拠り所の喪失を意味する。一見すると、それ以外の表面的な生活条件はすこしも変らない。これまでの生活がつづき、その精神状態には何の異常も認められないようにみえるが、心の中は失意と絶望に支配されてしまう。周囲とのたのしく明るい情緒関係は断ち切られ、生き甲斐のある役割を見失ったままになる。しかも彼らは、この自分の不如意な心理状態について、強い感情をもって誰かに訴えることもない。むしろ、孤独感の中で、不満やうっ憤は抑制され、ひたすら内に向かう。
小此木啓吾 (2012). 対象喪失