加齢に伴う認知機能の低下について認知心理学的立場から考察する

 認知とは、外界からの情報を入力して、それを加工し、行動へと出力する情報処理過程である。言い換えると、外界の様々な刺激を感覚器が捉え、電気的信号に変換され脳に伝達され知覚という主観的体験が生起する。すなわち外界の刺激情報が、内的過程に取り込まれる。そこで、知覚、記憶、判断、思考などといった加工プロセスを経て、口や手などの身体に付随する効果器により外顕的な行動として表出される過程である。
それでは、加齢によって認知機能はどのように変化するのであろうか。

感覚、知覚における加齢性変化

 感覚は、末梢の感覚神経に対する物理的刺激による神経の興奮プロセスを、また知覚は、感覚神経から入力された刺激が、心理的に認識されるプロセスを意味する。
 高齢になると、近くの字が読みにくくなったり、段差に気づかず転倒する危険性が高くなるような視覚性の変化、あるいは、聞こえが悪くなることによって、意思の疎通に支障をきたしたり、交通場面で危険性を高めたりするような聴覚性の変化が認められる。
 これらの変化は、日常生活の基本的な動作、すなわち、歩行、外出、食事、あるいは薬の扱いなどに直接的に影響を与え、外出に臆病になり社会的活動の低下などQOLに重大な影響を与える。
 視覚機能の低下をコスニック(Kosnik,W.)らは、以下の5つに分類している。①明るさに対する感度、②動体視力、③視覚情報処理速度、④近視力、⑤視覚探索。たとえば、車の運転において動体視力は、交差点における人や、対向車の安全確認にとって重要な要素であり、トンネル通過時における急激な明るさの変化は、暗順応、明順応と関連する。
 さらに、聴覚機能の低下についてスラウィンスキー(Slawinski,E.B.)は以下の5つにまとめている。①背景ノイズがある状況での聞き取り(背景雑音)、②方言や子供言葉の聞き取り(なまり)、③音の聞き分け(時間解像度)、④普段の会話の聞き取り(普段の会話)、⑤高周波数音の聞き取り(高周波数音)。そして、「聞こえにくい」、「耳鳴りがする」などの有訴率は65歳未満では5%以下であるのに対して、75歳以上で15%、85歳以上で25%と急激に増加する。
このように、高齢になると視覚や聴覚において感覚器官の機能低下が生じ、取り込める情報が制限される。

注意における加齢性変化

 注意とはいわゆる処理資源という一定の容量を持った資源とみなされ①選択的側面、②分割的側面、③容量の限界、という3つの特性に整理される。
 注意の加齢性変化の1つに選択的注意機能の低下があげられる。視覚における選択的注意機能低下の例として、語彙を辞書を用いて調べるという事態において、目標とする語彙(目標刺激)が、周囲の語彙(妨害刺激)の存在によって妨害され、目標とする語彙の知覚効率が低下するような場合が挙げられる。また、聴覚の例においても、同時に2人の人に話しかけられ一方に対応しなければならないような目標語と妨害語の聞き取りを同時に行う事態において、聞き取りの成績が低下するような例を挙げることができる。このように高齢者では、選択的注意の低下のために、妨害刺激の影響を受け目標刺激の知覚が低下する現象が認められる。
 次に、加齢の分配的注意に及ぼす影響が挙げられる。分配的注意とは日常場面においては、たとえば講義を聴講しながらノートをとるというように、注意を複数の対象に振り分けるような場合に相当する。高齢者では、注意を配分しなければならないような複雑な状況において、若年者よりも作業効率が低下することが知られている。また、感覚、知覚場面でも注意を分配することによって、高齢者では知覚が低下することがわかっている。
 たとえば、パーティー会場の中で人と会話をしている最中に自分の名前を呼ばれるという場合において、通常は自分にとって親密度の高い言葉が聞こえると注意をしていなくとも自動的に知覚される。これは、会話の相手と環境音の双方に注意が分配されているからである。しかし、高齢者では、感覚器官の機能低下により入力される情報の損失が大きいため、会話の相手により多くの処理資源を費やしてしまう結果、注意を向けていない情報の処理が低下すると考えられている。
 分配的注意に関しては、最近ウィッケンズにより「中心視」と「周辺視」という新たな処理資源の追加が提案されている。たとえば、車を車線中央に保って走らせながら(周辺視)道路標識を読んだりする(中心視)ような例がこれに該当する。もし二重課題パラダイムにおいて両者は別々の処理資源を用いているということになるのであれば、この例のような場合、車を車線中央に保って走らせるということに向けられる処理資源の消費量が、道路標識を読むということに向けられる処理資源の消費量に影響しないので、理論上は遂行成績は低下しないものと考えられる。

記憶における加齢性変化

 記憶システムの代表的なものに。アトキンソンとシフリン(1971)の提案した「二重貯蔵庫モデル」が挙げられる。このモデルにおいて、短期記憶の1次的貯蔵庫としてワーキングメモリが想定されている。ワーキングメモリは情報の操作機能に力点が置かれた短期的、能動的過程であり、リハーサル、符号化、判断、検索方略などの機能を有するものと想定される。
 加齢に伴う記憶能力の変化の1つ目に、想起(検索)に関わる問題が挙げられる。想起には再生と再認があるが、たとえば「人の名前」や「出来事や場所や時間」などの再生は加齢に伴い低下することが明らかにされている。しかし、再生できなかった情報についても適切な手がかりを提示されると再生でき、再認においては加齢の影響をあまり受けないとみられている。
 したがって、日常場面において「のどまででかかる現象(TOT)」は高齢者に頻繁に見られるが、適切な手がかりさえあれば再認可能であり、それほど日常生活に大きな影響は及ぼさないと考えられる。
 加齢に伴う記憶能力の変化の2つ目は、記憶力の低下の問題が挙げられる。すなわち、情報は符号化され、リハーサルを経て長期貯蔵庫へ移行され貯蔵される。長期貯蔵庫の中の情報は必要に応じて検索され再びワーキングメモリに送られて運用される。したがって、記憶力の低下の問題は符号化、リハーサル、検索といったワーキングメモリにおける問題である。
 符号化については加齢による注意力の低下が影響を及ぼしていることが知られている。言い換えると、符号化という処理ステージにおいての遂行成績が低下しているということであると考えられる。また、検索については、検索のしやすさの問題に記憶力の低下がかかわっていることが明らかにされてきている。すなわち、高齢者は既存の意味構造と新しい情報を関連づける、いわゆる精緻化リハーサルが困難であるといったことも原因として考えられており、このような記憶方略の違いが検索のしやすさに影響を与えているものと考えられている。
 加齢に伴う記憶能力の変化の3つ目は、展望的記憶の低下である。展望的記憶とは「いつの時期」に「いかなる行動」を行うのかという2つの情報が必ず含まれているような記憶である。たとえば、日常場面において、何かをするために立ち上がったが、その何かを忘れてしまった、というようなことを経験する。このように、展望的記憶の問題はQOLに関わる重大問題であろうことは容易に想像がつく。
 展望的記憶は、一般的に出来事ベースの記憶よりも時間ベースの記憶の方が加齢による低下を起こしやすいことが明らかにされている。したがって方略としては、たとえば「1日3回、4~5時間おきに薬を飲む。」という展望的記憶を成功させるために、「1日3回毎食後に薬を飲む。」というように時間ベースを出来事ベースに置き換えたり、外部記憶を利用したりすることが考えられる。
 展望的記憶についてさらに言及すると、ワーキングメモリとの類似点を以下のように挙げることができる。①プランは一種の情報である、②プランを一時的に貯蔵している、③プランに関して能動的に情報の操作を行っている、④ワーキングメモリにおける中央実行系に相当するような、管理運営を統括する「内なる人」の存在を想定することができる。また、いかなる事態において、いかなる手立てを採用するのかを判断、決定する能力はメタ認知能力であり、展望的記憶はこれらの概念と深い関連があることを示唆している。